焔  SS [ShortStory.]

「きゃっ…」

彼女は走っていた。自分が生まれ育った村から逃げるように。

「でもこのままじゃ…村が…男達が…」

隣を走る義妹が呟く。
その通り。彼女の背後遠くで炎々と燃え盛っているのは彼女の生まれ故郷。

「だからなおさら生き延びなくちゃいけない!」
「逃げ延びて、生き延びるんだ!生きてさえいれば、いつか必ず…」

その瞬間、彼女の腹に激痛が走る。

耐えられない痛みに襲われ、彼女は地面に倒れ伏す。

「義姉さん!」

義妹の呼ぶ声が最後に聞こえた。
そして彼女の意識は昏い闇の中へと溶けていく―









彼女が気が付いた時、逃げる先の予定だった、叔父と叔母の家で寝かされていた。
話を聞くと、義妹が助けを呼んでくれたらしい。
しかし、彼女にはそれより大事な事があった。

「私のお腹の子はどうなったんですか?」

叔父は少し躊躇した後、男の子だった…と告げた。

「それは、冬の子(イヴェール)という事ですか。」

叔父は哀しそうに目を伏せた。

「義姉さん!」

飛び込んで来た義妹が涙声で叫んだ。

「アナタが先に泣く事はないでしょう。」
「だって…あんまりよ…家も…村も…父さんも…母さんも…兄さんまで喪って…その上義姉さんの子まで…」


「それでも私達は、お前が助かってくれたことに感謝しているよ。オリヴィア。」

「健康な身体に戻れば、いつかまた子供は産める。」

儚い笑みを浮かべてオリヴィアは答えた。
「ありがとう。叔父さん、叔母さん。」

それから困ったように、啜り泣いている義妹を見る。

「ほら、泣き止んで。」
「こんな時まで他人の為に泣くなんて、本当に優しい妹…」



次の日、悼みの雨が降り注ぐ中、彼女は《彼》を埋葬した。

「これも一緒に。」

そう言って叔母が手渡したのは、二つの人形

「これは?」

「これは生まれて来なかった子の棺に入れる対の人形。」

「《菫色の花》(ヴィオレット)
《彼》の代わりに微笑ってあげる

《紫陽花色の花》(オルタンシア)
《彼》の代わりに泣いてあげる」

「《彼》にあげられなかった生まれて来る朝と死んで行く夜を、あなたの代わりに…」

朝と夜は繰り返す…愛した花が枯れても…
朝と夜は繰り返す…契った指が離れても…
朝と夜を繰り返し…《生命》は廻り続ける…

「誰を喪っても季節は廻るし、何を喪っても生命は廻る…」


でも…

愛した夫の追憶―

「ごめんなさい…!」

お腹にいた私の《焔》―

「ごめんなさい…!」

咲く事も枯れる事も叶わなかった私の花―

「さようならっ…!」

永遠の冬に抱かれて眠る私の子―

「イヴェール…!」





―――此れは

生まれて来る前に死んで行く冬(イヴェール)の物語……





其処に物語は在るのかしら…?
其処に物語は在るのだろうか…?
其処に物語は在るのかしら…?

タグ:サンホラ
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ゆーくん

乙ですwww

後9個!
by ゆーくん (2010-02-11 09:55) 

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